蛇足(えみりちゃんといぬ)

――全ては夏の暑さが見せた、束の間のおとぎ話だ。

 

祝、後日談完結。

大変お待たせいたしました。毎回恒例蛇足(という名のあとがきコーナー)のお時間です。

本当は完結した翌日に更新 しようと思っていたんですが、ちょっと体調を崩してしまいまして間が空くことになってしまいました……。

面目ない。

告知とか映画感想記事はどうしたんだと思われていそう……でも先にこっちを更新させて欲しい。

そんなわけで。

今回は後日談部分も踏まえたえみり全般に関しての蛇足です。

(前回本編部分が完結した際のブログは下のリンクからどうぞ)

nueayad76.hatenablog.com

 

ネタバレ注意。(つづきからどうぞ)

 

 

はじめに。
 今回はいつもと体裁を変えて、ボツになったシーンに補足説明を入れるという形で、裏話を色々と語っていこうと思います。
というか今回は結構ボツを連発しているので、このまま眠らせてても使い所ないし、という勿体ない精神です。(基本的に私は書いたものは余すところなく使いたい派なので、ボツ文章も「ボツ」というファイル名で、色々コピペして一個の文章にまとめています。あまりにもクソなのは削除しちゃいますが)
 
そんなわけで、ここからボツシーン集です。
 
・ボツシーンその1(第1話冒頭)
 あの日、篠塚咲里は大切なものを喪った。
 
 母親が死んだ。学校がなくなった。
一般的に考えれば、どちらも重大な欠陥となり得るものなのだろう。
 けれど、咲里の失くした大切なものはそのどちらでもなく、たった一匹のみすぼらしい、片耳を失くした、傷だらけの黒い犬だった。
 これ以上ないというほどに胸を痛め、静かに絶望の淵に沈んでいたところに、その男は現れた。
 全身を黒いスーツで包んだ眉目秀麗な男は、王子様なんかではなく、はたまた魔法使いでも、守護霊でもなく、むしろその真逆の存在で。
 しかしながら、咲里にとって、それは確かに救いだった。
 だって、地獄の底から蘇ってきたその男こそ、咲里が求めてやまなかった、咲里だけの、かわいいかわいい、唯一無二の忠犬(いとしいひと)だったのだから。
 
*****
「あんた、どこか行きたいところはないのか」
 
「え?」
 
 世間を席巻した、痛々しい学校の爆発事故から約一週間。
 当初は騒ぎ立てていたマスコミも、これ以上取材を続けたところで収穫はないのだと悟り始めると、あれほど騒がれていたのが嘘のように事件は収束の一途をたどり始める。
 世紀の爆発事故と大げさに騒がれていたはずなのに、新聞やテレビから徐々にその名を消し始め、今や日に一度テレビでその名を聞くか聞かないか、という状況だ。
 そんな事件を巻き起こした張本人が、今咲里の目の前にはいる。
 以前咲里が選んでやった黒のポロシャツにベージュのロングパンツを纏った男は持ち前の無表情で、けれどどこか気まずそうに首の後ろを掻き、冒頭の言葉を吐き出したきり黙り込んでいた。
 
「突然、どうしたの……?」
 
「あんた、最近ずっと家にこもりっぱなしだっただろう。……だから」
 
 確かに、学校に通っていた頃に比べて外出の機会は格段に減った。
 けれどそれが苦痛かと言われると、答えは否だ。
 むしろ心地いい。快適すぎて、己が日々駄人間になっていくのを自覚するほどに。
 相変わらずほとんど家事はさせてくれないし、過保護すぎるほどに面倒を見られ、少々手持ち無沙汰に感じないこともないのではあるが、何度も「家事をさせてくれ」と訴えた甲斐があったのか、最近では少しずつではあるが、咲里は家の中での権利を取り戻しつつある。
 洗濯の権利を奪還したのは、咲里からすればかなり大きな進歩だ。
 ここまでくれば、料理と皿洗い、その他諸々の権利も奪還したいところなのだが、くろは妙に頑固なところがあるというか、有無を言わせぬ迫力があるというか、これ以上は踏み込めていないというのが現状だった。
 
(でも、本人が好きでやってるなら、あんまりしつこく「やめて」って言うのも……横暴なのかな)
 
 分かってはいても、いままで一人で全部やっていたことを全てくろに丸投げ、というのはどうにも落ち着かない。尽くされるのには、慣れていないのだ。
 下着を凝視されることは避けられたので、まぁいいか、と思えているあたり、ずいぶん平和ボケしているなぁと、そんなことを考えたあたりで、くろがわざとらしく咳を零した。
 頭上を見上げれば、どこか不服気に咲里を睨みつける
 いけない。考え込んでいて、すっかり眼前の男のことを忘れていた。
 
(でも、旅行……かぁ)
 
 蘇ってくるのは、今からちょうど一週間前、出会った日と同じ土砂降りの雨の中で掛けられた一つの言葉だった。
 
「俺は、あんたを幸せにしたい。たくさん美味い飯を食わせてやりたい。色んなところに連れて行ってやりたい。服だって買ってやりたいし、どんな願いだって叶えてやる。……だから、……死なれると、困る」
 
 あの時のくろの顔を思い出せば、決してその言葉の数々は嘘ではないのだということは理解できたのだが、まさかこんなにも早くその時が訪れるとは思いもしなかった。
 
(……もしかして、さっきのを気にしてくれてるのかな)
 
 ずきんと鈍く痛む胸の前で両腕をきつく握りしめながら、咲里はぐるぐると記憶を今朝へと巻き戻していった。
 
・ボツ理由
一番最初はいいとして、その後の文章の雰囲気がちょっとポジティブすぎる気がする。
本編中でも出てきてましたが、「えみり」は全編通して「暗くありつつも、幸せなおとぎ話」感を出そうというのを心がけているので、これではちょっと普通すぎる。
静かに二人で幸せに暮らしとるんやぞ、という切なさが足りない(過激派)
 
 
・ボツシーンその2(旅館についてから、彼氏じゃない発言があり気まずくなったあと)
(……部屋、ちょっと見て回ろうかな)
 沈黙に耐え切れず、不意にそんなことを考える。
 せっかく広い部屋なのだし、探検のしがいがありそうだと、咲里は恐る恐る重い腰を上げた。先ほどから、隣室に続いていそうな意味深な襖が部屋にあることが、密かに気になっていたのだ。
 そっと、音を立てないようにして襖を開いていく。
 が、部屋の中に広がる光景を認識した瞬間、咲里は勢い良く腕を動かしていた。
 ピシャン、と威勢のいい音を立てて襖が閉ざされる。
(ふ、布団)
 布団が、あった。
 今咲里たちがいる部屋よりひと回り狭い部屋に、二人分の敷布団が横並びに敷かれている。旅館なのだから、そりゃあ布団の一組や二組くらいあってしかるべきであると思いはすれど、正直直視できなかった。
「どうかしたのか」
「な、なんでもない、です」
 疑問符を浮かべるくろに半笑いでそんな言葉を返し、咲里はすごすごと元いた座布団の上に腰を落ち着ける。
 
・ボツ理由
なんか色々あからさますぎる。
あと、たぶん咲里は積極的に部屋見て回ったりしない(消極的なので)。
 
・ボツシーンその3(最終話、篠塚さんを愛しているのか、愛している、発言の後)
「……君の望みは、一体何なんだ。僕にはそれが分からない。人間の真似事をすることに、一体何の意味がある。……愛しているのなら、君がすべきことは彼女から離れることなんじゃないのか!? あの子には、普通の幸福を享受する権利がある!! ……君さえいなければ悪霊なんかじゃない、将来的には普通の人間の男と、家庭を築けたかもしれない。それを君は……!! 君は……っ!!」
「お前に、あの子の何が分かる」
 
 どこまでも静かな、激昂だった。
 男の腕に握られた九条の手帳が、ぐしゃりと歪な音を立ててねじ曲がる。
 
・ボツ理由
これ言っちゃうと、(いくら咲里が殺すなと言ったとはいえ)確実に九条死ぬから。
今回一番扱いに困ったのが、サブキャラの九条。
最初は、霊感とかそういうのじゃなくて、生き残った咲里を煽りに来た悪質な週刊誌の記者という設定で、最後はくろによって制裁される予定だった。
――が、プロットを改定していくうちに、咲里もくろも悪意は十分に今まで味わってきたし、だったら善意によって幸福が壊されるかもしれない、という方が話の展開としては面白いかな、という理由で善人に変更。
結果、最終話で一番傍観してる立場というか、ナレーター役として活躍してくれたので、大いに役立ってくれた。
また、後日談は幸せになる過程の話であると同時に、「くろ」が人間に近づいていく過程の話でもあるため(色々あって、くろも多少は丸くなった)。 
後日談タイトルが「の」じゃなくて、「と」になっているのは、そういった意図です。
 
・ボツシーンその4(最終話、オセロ中)
「咲里。前に店で、これと似たようなクッキーを見たことがある」
「……言われて、みれば」
 「隙あり」
「あ」
・ボツ理由
いくらなんでもくろが明るすぎる。
いや、これは別に入れても良かった気がするんですけど、文章のテンポ的にない方がよかったという理由でカット。
楽しくオセロしたり、一緒に出かけしたりして、平和に幸せを享受していってくれればいいかな、と思います。
 
おわりに
本編でも言っていましたが、後日談のテーマは「幸せ(ハッピーエンド)の向こう側」です。本編で静かなハッピーエンド(メリバかもしれない)を迎えた一人と一匹が、二人になるまでのお話。それが、「えみりちゃんといぬ」です。
それに比例して、本編のモチーフが「雨(梅雨)」や「傘」だったのに対し、後日談はもうちょっとハッピー感が強くて、「夏」「ひまわり」「太陽」といった前向きなものになっています。
また「えみりちゃんの(と)いぬ」は、全編通して「幸せになるまで」のお話なので、今回で一通りの区切りはついたかな、と思います。
これ以上やれと言われても、ここから先の展開はなかなか厳しいものがあります。
(日常のほのぼのが精一杯の足掻きですかね……。)
 
特に子供関係は、私からこれ以上描写する気は微塵もありません。
出来るもよし、出来ないもよし、全ては読者様の想像次第です。
「全ては夏の暑さが見せた、束の間のおとぎ話」というわけで、今回の蛇足はこれにて終了です。
めでたし、めでたし。
 
・おまけ(知っていると楽しいかもしれない豆知識)
ひまわりの花言葉(一部)
「偽りの富」「崇拝」「情熱」「あなたを幸せにする」
 

 

Categories: えみりちゃんのいぬ, 蛇足(あとがき)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Copyright © 2024 鵺本ログ

Theme by Anders NorenUp ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。